人類は、54年前にはじめて月面に降り立ちました。その後、無人宇宙探査に加えて、再使用型宇宙船や国際宇宙ステーションなどによる、地球周回軌道での有人宇宙活動が活発化しました。それにともなって、宇宙環境を利用した科学実験が実施されるようになり、宇宙環境が生命に及ぼす影響も明らかになってきました。そして今日、人類は英知を結集して月や火星に居住することに挑もうとしています。しかし、人類がより遠い宇宙空間や天体に長期間滞在するためには、生命維持にかかわる多くの課題を乗り越える必要があります。食料の生産と供給は、その重要課題のひとつです。
宇宙での食料生産には、宇宙版植物工場が必要になりますが、宇宙その場における植物の成長や環境制御のあるべき姿には未知の部分が多くあります。また、この宇宙における食料生産システムは、可能な限り高効率で、且つ持続的な物質循環型であることが求められますが、その研究は緒に就いたばかりです。こうした課題を解決しようとする個別的な研究は、国内外に点在してみられますが、それらを総合的に体系化することが重要になってきます。
千葉大学では、これまで個々の研究者が園芸学、生命科学、植物工場、AI・ロボティックス、リサイクル技術の分野で世界を先導し、また、宇宙居住を想定した研究も行われてきました。それぞれの成果は宇宙食料生産システムの礎になると考えられますが、近未来にシステム構築を実現するための一翼を担うには、それら関連する個々のグループの一体化、一層の学際的統合によるアプローチが不可欠になっています。それによって、国際的なネットワークの形成も可能になります。
宇宙園芸研究センターは、このような社会・学術的情勢に鑑みて、人類が目指す宇宙における食料生産に資する基盤研究に組織的に取り組み、また、そのための人材を育成することをミッションとして設置されました。千葉大学が誇る園芸学研究院では、作物・野菜・果樹・花卉を対象とした先端研究が展開されており、共同研究を幅広く実施する体制が整備されています。これは植物工場研究の実績とともに、宇宙食料生産システム研究において大きな強みになります。また、本園芸学研究院の特色として、緑地環境科学や健康科学や経済学が大きな柱になっていることは、将来的な宇宙ガーデニングを含む「癒やし」や宇宙を舞台にした流通経済の研究に波及する可能性をも秘めています。
本センターは、園芸学研究院と工学研究院の研究者による異分野融合研究をすすめますが、今後、学内連携を強化するだけでなく、学外の大学・機関・民間企業とも連携し、当該領域の発展に貢献します。そうして得られる革新的研究成果は、人類の宇宙居住を可能にするだけでなく、地球における食料生産や健康やゼロエミッション社会の基盤となる技術開発に還元されます。宇宙と地球における、クオリティ・オブ・ライフ向上に寄与する「宇宙園芸研究」であることが期待されます。
本センターが使命を果たすために、各界各位からご理解、ご指導、ご協力、ご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。
センター長 髙橋秀幸